平成20年1月

篠笛教室のご案内 教本・CDなど 篠笛の音

12月の民の謡 2月の民の謡

平成20年2月24日の予定 堺・泉州の神賑 〜地車・やぐら・ふとん太鼓〜



平成20年2月24日(日)
浪切ホール・大ホール
9時〜19時
堺・泉州の神賑
〜地車・やぐら・ふとん太鼓
主催:岸和田市青年団協議会
企画:古磨屋
後援:大阪府・岸和田市

出演
古磨屋・江弘毅・森田玲・南川孝司
四代目旭堂南陵・旭堂小二三
炎太鼓
大下工務店(三浦太幸堂)
浅野太鼓楽器店
摂河泉地域文化研究所
六覺千手・藪内博・ミニ地車愛好会三十人組
北王子(堺)・宮本町(和泉市)
だんぢり囃子保存会(岸和田)
泉南市樽井祭礼関係者

詳細



1月27日 古磨屋 伝統文化こども教室  和泉市・宮本町 地車取材
■笛吹きの独り言■

終了後すぐに移動。2月24日シンポジウム「堺・泉州の神賑い〜地車・やぐら・ふとん太鼓〜」の「当日冊子」用の写真撮影のため、和泉市・宮本町へ。平成19年の新調。大工は池内工務店。主彫刻師は井波の野原湛水。岸和田の彫師とはまた趣の異なる独特の雰囲気が出ている。土呂幕には地車彫刻では珍しい「関ヶ原」。見送りは船を中心に持ってくる(通常は城などの館モノ)という大胆な構図で「源平大海戦」。その他随所に「信太」「熊野街道」に因んだ地元ネタの彫物が施されている。近年、柱上部の木鼻に町縁りの採物を持たせることが多いが、宮町は地元「信太」→「葛の葉伝説」→『恋しくば尋ね来てみよ和泉なる信太の森のうらみ葛の葉』の歌(陰陽師安倍清明の母である白狐は信太の聖神社の眷属で・・・どうのこうの・・子供に正体がばれ・・どうのこうの・・・障子に前記の歌を筆で記して去っていく)に因んで、筆を咥え硯を抱く唐獅子というお洒落なもの。撮影は六覺千手。

 



相当気合いの入った冊子になる予定。当日協賛金500円〜 で進呈。よろしくお願いします。


1月26日 第10回 篠民研 学習会 
■民の謡事務局■
遂に10回を迎えた「篠民研」。今日は「音出しの『六−五−三−』や『三−3ー』などの数字譜を口唱歌に置き換えました。また、『嬉遊笑覧(きゆうしょうらん)』『守貞謾稿(もりさだまんこう)』などの江戸時代の百科事典から民俗芸能に関する記述を勉強。大田南畝の『蘆の若葉』などから大坂の祭礼の様子を勉強しました。



1月26日 聖神社 大鳥美波比神社 写真撮影 
■笛吹きの独り言■

「堺・泉州の神賑い」の当日冊子に必要な写真を撮影するため独り飛び回る。「信太」と「鳳」は意外と近かった。


左:篠田王子跡 右:バクダン坂(上地車は担棒で地車の前コマを持ち上げながら下りていくそうだ)。

 
左:和泉国三宮・聖神社(聖→日知り→暦→陰陽師→安倍晴明と物語が繋がっていく) 右:御旅所

 
左:大鳥神社鳥居 右:境内摂社・大鳥美波比(みはい)神社。「鳳だんじり祭」は境内摂社の例祭における神賑行事のようである。

行基築造の鶴田池。史料には近隣七ヶ村の立ち会いとある。

 
「打ちっ放し」に利用されている。池の雰囲気を掴むため堤を歩く。「ぽちゃん!」「ぽちゃん!」っとボールが飛んでくる。こちらは一人、向こうは50人はいるであろうか?『あいつこんな寒いのにあんな所で何やってんな?よっしゃ狙ったれ!』という声が聞こえてくるようだ。おそらく半分くらいはそう思っているはずである。でも網があるから当たらんもんね!右は鶴田池の横にあるもう少し小さめの池。木々が鬱蒼と茂り、野鳥も多い。秘境である。


左は除(よげ)。水が溢れないように水位が一定以上になるとここから水が「ぞれる」仕組み。洗面器の上穴みたいなもの。右は樋。この季節は水が入らないので、ここからも水が出ている。


立体交差の水路。下方が除。上は田圃に繋がる水路であろうが、右に戸木が入れられ、除の川に水が落ちるようになっている。この工夫がカッコイイ!


篠民研がはじまるので急いで帰路の途に就く。


1月24日 笛と太鼓のこども教室 
■民の謡事務局■
今日も、いつものように口唱歌で始まりました。その後は前回に引き続き、「餅搗き囃子」の練習です。今日は低・中学年の子が大太鼓を担当。左右の強さ、手首の使い方などが難しく、また、だんじりの拍子が途中混じってしまったりということもありましたが、太鼓を打つ子も笛を吹く子も、心地よい胴鳴りを感じながら演奏できるようになればと思います。


1月21日 NPO法人 摂河泉地域文化研究所
■笛吹きの独り言■
摂河泉地域文化研究所代表の南川孝司氏と「堺・泉州の神賑い」当日の打ち合わせ。兎に角すごい蒐集家である。本人曰く「大概のモノはうちで揃う」とのこと。「当日冊子」にはこれまで世に出てない史料も掲載予定。こうご期待。

1月20日 岸城神社合同講習会・併催「新春百人一首大会」
■民の謡事務局■
午前は小太鼓教室です。





今日は「発表会」に焦点をあて、人前で吹くことに慣れるために、一人一曲づつ吹く練習をしました。その中で問題のあった箇所を師匠に指摘していただき、全員で練習をしました。「篠民研」での成果「餅搗き囃子の口唱歌」も初披露。楽しい一日となりました。

講習後は、「新春百人一首大会」。師匠の笛が流れる中、気迫に満ちた取り合いとなりました(師匠は来年までに覚えるとのことです)。皆さんも来年までに覚えましょう。因みに師匠の好きな歌は 阿倍仲麻呂『あまのはら ふりさけみれば かすがなる みかさのやまに いでしつきかも』だそうです。




1月19日 篠民研 学習会(第9回)
■民の謡事務局■
今日は「餅搗き囃子」の口唱歌。「ヒャラ」の活用です。その後「古典の中の横笛『枕草子』」の復習です。伝本によて記述が異なるようですので「能因本系統」と「三巻本系統」の読み比べをしました。次に、日本神話「天の岩戸」を勉強しました。

1月17日 鍼灸の雑誌に書評
■民の謡事務局■
今日は、浪切での合同補講です。こども教室終了後、20時開始。そろそろ4月の発表会に向けて各自の練習にも気合いが入ってきており、和気藹藹とした中にも、本番を想定した練習(出入り、お辞儀の間合いなど)を織り交ぜての意識の高い稽古となりました。練習であってもやはり緊張してしまう、大太鼓が近くにあるとその音の大きさや空気の振動に動じてしまう、などというそれぞれの悩みや感想を話したり、それに 対しての対処法などを考えたりも。和やかな雰囲気の中、互いに刺激を受けながら、毎回有意義なお稽古が皆でつくれているなと感じます。まだ一度も来たことのない方も、お時間の都合がつく日はお気軽に、ぜひご参加ください。 

1月17日 笛と太鼓のこども教室 合同補講
■民の謡事務局■
1月第2回目のお稽古です。前回歌った「餅搗き囃子」の本手の一行目を、太鼓に合わせて吹きました。今日の大太鼓担当は高学年。皆、ずいぶんと笛の音もよく出てきたので、今年は太鼓を打つ練習もさらに多く採り入れていきたいと思います。


その後部屋を移動し「合同補講」です。岸城神社の合同に来れなかった人や、大太鼓と合わせたい人のための時間です。



1月12日 第8回 篠民研 学習会
◇民の謡事務局◇
餅搗き囃子の口唱歌が完成に近付いてまいりました。今回から「古典(横笛)の中の横笛」と題して、横笛を探して歴史を遡ります。第一回は『枕草子』 笛は横笛 いみじうをかし・・・

1月11日 (株)民の謡
■民の謡事務局■
本日付けで法人化しました。今後もより一層、地域文化の継承・発展に貢献できる活動を行なって参りたいと思います。よろしくお願いいたします。


1月10日 笛と太鼓のこども教室
■民の謡事務局■
平成20年、第1回目のこども教室です。「冬休み中も毎日欠かさず練習した!」「お正月に家族の前で吹いた!」などなど、うれしい報告がたくさん聞けました。
今日は、「餅搗き囃子」の口唱歌の一行目「トーチヒャリローヒャラツヒャールヒャリトート」を初めて歌いました。聞き慣れないコトバのつながりに、皆 興味津々。 裏笛の口唱歌との二重奏もうまくいき、幸先のよいお稽古始めとなりました。

1月9日 岸和田ロータリークラブ
■笛吹の独り言■
毎年の恒例となっている「岸和田ロータリークラブ」での演奏。本年もよろしくお願いいたします。


1月10日 『鳳だんじり祭調査報告』 思わず嬉しい『平成地車見聞禄』の評。
■笛吹きの独り言■
「堺・泉州の神賑〜地車・やぐら・ふとん太鼓」のチラシが脱稿したので、現在当日のための『特製冊』を制作中。「大鳥地域」の記述の参考のため、龍谷大学社会学部の吉田竜司准教授の『駆ける地域社会〜鳳だんじり祭調査報告』を読んでいる。「大鳥」には過去二回ほど夜に見物に行っているが、詳しい聞き取りや調査をしていないので、この報告書は非常に重宝する。学生の方々も参加しての大規模な聞き取り調査が元となっており、地域の人々の心の動きがわかる貴重な発言も多数収録されている。これらの情報を元にした分析も、参考になることが多い。

吉田先生を筆頭に、10名の学部生、3名の大学院生が執筆を分担。



◆目次◆ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
T:概説
U:各地区紹介(大鳥・野田・新在家・北王子・野代・長承寺・上・富木・石橋・濱寺元町)
V:考察
「やる祭り」から「見せる祭り」へ〜鳳だんじり祭の変化と人々の意識〜
「鳳だんじり祭における岸和田の影響」
「鳳だんじり祭における女性のタブーについて」
「鳳だんじり祭における女性参加と今後」
「子どもと鳳だんじり祭」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
(ある程度は先生の指導も入ってはいると思われるが)
1地域の事象を14名の異なる視点から見ることができることは重要である。文章内容からより真理に近い情報を想像することができる。

「あとがき」で私の名前を挙げていただいているのを本日発見。思わず嬉しい評価なので掲載しておく。

◆あとがき◆
・・・・・・ 追記:本報告書を作成するにあたって、本報告書13頁の地車曳行体制図の転載をご快諾いただいた森田玲・六覺千手の両氏に感謝したい。森田氏は、篠笛奏者として演奏・指導の傍ら、地車囃子を中心にだんじり祭研究を精力的に進めておられ、その成果を『岸和田祭音百景・平成地車見聞録』(民の謡)をはじめとして着々と世に問うておられる。それらにみられる詳細で体系的な記録と記述は、おそらく過去最高のだんじり研究成果とみて間違いない。また、六覺氏は、イラストレーター・写真家として、その独自の感性を生かしてこれまでにないだんじり祭表現を追求する気鋭のクリエイターであり、『岸和田祭音百景』をはじめ、森田氏とタッグを組んだ一連の作品において氏の美意識は遺憾なく発揮されている。

近年このお二人をはじめとして、これまでにない切り口からの「語り部」または「表現者」がだんじり祭をめぐって叢生し、これまで対自化されてこなかった、あるいは新たな角度から見えてくるこの祭りの価値をつぎつぎに掘り起こしつつあり、「だんじり祭ルネッサンス」とでも呼ぶべき一種の知的ムーヴメントを形成しつつあるのをひしひしと感じる。これが、だんじり祭に対する世間手評価や担い手の意識に地殻変動を起こすことをとおして、これからもこの祭りが「日常性による包囲網」のなかで生き抜いていく際の羅針盤を提供することを期待したい。そして、本報告書も、その末席に名を連ねるささやかな試みであって欲しいと願う。  吉田竜司

龍谷大学社会学部

1月6日 ブルキナファソ
■笛吹きの独り言■
京都大学生時代かなりお世話になったM重さんの5年振りに再会。西アフリカのブルキナファソで、HIV/AIDSに関する調査などを行って帰国。その前はネパールでストリートチルドレン・・など。彼女は、京都大学大学院 医学研究科社会健康医学系専攻社会疫学分野 博士後期課程、厚生労働省 エイズ対策研究事業「エイズ予防のための戦略研究」班流動研究員という長い肩書きを持つ。彼女の実践力と元気度から学ぶものは多い。実は「民の謡」という名前は7、8年前M重さんと出町柳(京都)の喫茶店で話しをしていた時に決定した名称である。

ブルキナファソ(外務省HP)

 

京都時代の一番の彼女に対する感謝は、国立民族学博物館でのA道先生の研究会の夜にある。大学2回生だった私は、A道先生の研究会にはじめて参加(というか傍聴)。この席でM重さんと出会う。その後の懇親会も参加。時間は夜10時。明日は試験だったか何かで・・いずれにしても下宿先まで帰るには電車に乗らねばならない。『そろそろ帰らんと・・・』と隣に居たM重さんに話すと、『ここからが(人数も減るので)面白くなる(A道先生とも濃い話ができる)のに、帰ってしまうの?絶対後悔するで!(←かなり自信に満ちた語気だったと記憶する)』。お金のない私に宿代まで貸してくださりき(未だ返していないのでおごっていただいたと言った方がが適切)、夜中まで有意義な時間を過ごすことができた。この出来事を境に、私の脳みそのシステムがバージョンアップし、現在の私の活動スタンスに繋がっている。

今日は、夜中まで、鈴原、岡、さらに六覺さんも加わり大いに飲んだ。世界に通じる活動と世界と通じることができるチャンネルを大切にしたいと実感した一日であった。

◆補◆
森田 『英語しゃべれるようになっといた方がいいですよね?読み書きもやろかな?』
M重 『語学は2カ国語以上、やっといた方がいいで!』
森田 『マジですか?!(ちょっと不可能とちゃうか?)』
    『岡さんって英語しゃべれんの?』
岡   『いいえ。モンゴル語だけです』
森田  『んん〜ん(モンゴル語か・・朝青龍としゃべってもしゃあないしなあ・・というか彼日本語しゃべれるし』
鈴原  『それよりまずは古典勉強した方がええんとちゃいます?漢文も・・』

1月5日 篠民研・学習会
■民の謡事務局■
新年あけましておめでとうの「学習会」です。今日は師匠に「餅搗き囃子」の口唱歌の案を披露していただけました。おおよその法則の目処が付いたので、もう少しで「餅」の口唱歌が完成しそうです。後半は、「大鳥(堺)」と「信太(和泉)」の祭礼の映像を見、独特の笛の旋律を聴くことができました。週に一度の篠民研。
今年も着実に学習を積み重ねていきたいと思います。


終了後は新年会。今日も結構遅くなってしまいました。

1月3日 『新刊の神様』
■笛吹きの独り言■
やはり新刊の神様はいた!
ジュンク堂で色々と有益な本を見付けたが、その中でも『錦絵の中の朝鮮と中国』(岩波書店)は、今日の私を運命付ける一冊となった。かねてより「蒙古襲来(元寇)」の絵図がないか気になっていた。有名どころでは「蒙古襲来絵詞」が教科書に掲載されているが、それだけでは資料不足である。私が利用するわけではないが、必要としている人がいる。元旦に神楽を一緒に廻ったKさんである。本の内容(主張の方向性)については、完全には了解できない部分もあるが、豊富な錦絵には「神功皇后三韓征伐(武内宿禰や応神天皇ネタ)」「秀吉朝鮮出兵(加藤清正虎対峙など)」など、地車の彫物に好まれる図柄も多数掲載されている。私も必要だが、Kさんも喜ぶに違いない。



まだ三箇日であるので、家でゆっくりしているかもしれず電話は憚られる。ただ、私には古本の神様だけではなく新刊の神様も憑いている。なぜそう思ったのか・・・Kさんがミナミにいるような気がし、電話をすると、果たしていたのである!さっそく本の存在をお知らせすると、それだけ喜んでもらえれば紹介しがいがあるという程、喜んでいただいた。この偶然(必然?)を、我々の身体に定着させ血とし肉とするためにお酒を飲むことにした。Kさんは旭堂南陵さんの講談を御霊神社(難波)に聴きにきていたそうだ。南陵さんと言えば昨日の『安倍晴明伝』。2軒目を出て、帰路につこうかと思った時、何となしに近くに南陵さんの気を感じた。気分はもう陰陽師である。電話をかけた瞬間に『ミナミにおるんやろ?』と南陵さん。なぜわかったのかわからないが、南陵さんの指定でタクシーで天満まで。そこは昨年「天神祭」でお世話になった某家。さらに、とある偉い人(←表現ヘタでふみません)まで一緒で、えらい遅くまでお邪魔してしまった。

旭堂南陵さんHP(オフィスキミコ)

夜中2時。タクシーで岸和田方面へ。このまま解散してもよかったが、この素晴らしい経験を定着させ、血とし肉とするために、もう一軒だけ、もう一軒だけ、身体に無理をお願いした我々であった。

1月2日 『夜は短し歩けよ乙女』
■笛吹きの独り言■
昨日との疲れが多少残っている。

今日は朝から年賀状を書くという、本来は正月に行なうと言われている儀式であるが、近年は年末に書くことが一般的となり、〒屋さんもいついつまでにと急かすものであるから、本来は年末に書かなければならないにも拘わらず、あまりの忙しさのため一枚も書けずにいたが、この年賀状をもって連絡を取ることなしに連絡を取る機会のない人も多く、元旦に届いた方々には当然送らなければならず、かといって名前を書いて出すだけの気持の籠もっていない年賀状を出したところで社交辞令と受け取られるにきまっており私の本来望むところではなく、多くの方は宛名をパソコンで出し、本来手紙のような文を書き添えるべきではないといわれているがやはり書かれていればるれしい直筆の短文を、私は逆にパソコンで伝えたい内容を長文で綴り、無機質と思われるのを避けるため、かつ文字を書くという行為がパソコンを使用することによってできなくなってしまった指の筋力の復活を願って、宛名を直筆で書くことにした。総数200枚。一日かかりの作業であった。

「鼠が伊勢大神楽を舞っているところ」という無理な注文を六覺千手さんに受け手いただいた。



この無謀な作業を完了した私は、大きな脱力感に見舞われた。やることがない(実は山積しているが正月からやるような仕事でもない)。鈴原は所用で正月は不在、岡は元旦から演奏に出ている。大晦日から元旦にかけて大きな充実感を得た私の脳と身体は、今日も昨日かそれ以上の充実感がなければ納得しない。殆ど麻薬中毒である。

夜、やることがないので古本屋巡りをすることに。古本屋といってもこの正月に開いているのはブックオフくらいであるが、これが中々侮れない。ここで明日に繋がる大きな出会いがあった。

まず手始めに、ずっと探していた『カラー版 新日本大歳時記・新年』(講談社)を発見。まずますのスタートである。ふと横に目をやると『目で見る江戸・明治百科・全七巻』(国書刊行会)なるものがある。パラパラと捲っていると「獅子舞」やら「山車」やらの絵図が。これも何かの役に立つであろう。その他2、3冊購入し、次の店へと移る。4軒まわる予定であるが、早くしないと閉店となってしまう(現在夜9時)。次のブックオフでは『平成講釈・安倍晴明伝・・・夢枕獏』が。2月の企画の「信太」のこともあるし、「講釈」「安倍晴明」といえば、四代目・旭堂南陵氏(2月に出演していただく)。パラパラと捲ると、まえがき、あとがき、に「この本は三代目・旭堂小南陵師匠のおかげで・・・・」と何度も出ている(三代目・旭堂小南陵=四代目・旭堂南陵=南陵さん)。これはこの本を買っておけということか(できれば新刊の方がいいのであろうが偶々出会ったのが古本屋だったので許されたい)。今日はもうヤケクソである。ネットショップで次々にクリックしているかの如く買物カゴに本が入る(財布から紙幣が消える)。その他数冊購入して次の店に・・・・

次に向かう古本屋の看板を遠目で目視。次も必ず素晴らしい出会いがあるはずっ!と思ったらその灯がパッと落ちた。閉店である。12時である。ここまで運気が上がっているのに閉店?いやこれは、次の店で、先程購入した本と同じものが半額で売られているから、それを見ずに済むというカミのご配慮か?仕方なく帰路につくことに。しかしながら、「古本」のみに拘っていては時代に取り残される。日々素晴らしい新刊が発行されているではないか。『平成地車見聞録』も然り・・・。幸い近所に24時間営業の小さな(ローソン程の大きさ)本屋がある。そこに立ち寄って何もなければあきらめて寝ることにする。

ここで出会ったのが、森見登美彦氏の『夜は短し歩けよ乙女』。氏の名前は、私と同じ大学、それも同じ学部、それももしかしたら同じ教室で授業を受けていたかもしれないという理由で記憶していた。タイトルから想像される通りの内容の本である。日頃難しい(あくまでも私のアホな脳みそで)本しか読まない私は、漫画や映画やしょうもないお笑いは見ることはあっても、いわゆる「男と女」という話には、そのようなものに巻き込まれたくないという恐怖から「見ない・聞かない・聴かない・関わらない」をモットーに生きている。ただ、『森田君、あの京大の人の本て知ってる?』て聞かれた際、『知らん』と答えて、『森田君て難しい本ばっかり読んでキショイ(気持ち悪い)』と思われてはいけないとの予測も手伝って・・・と色々言い訳をしたが、要は「表紙買い」である。表紙が良かった!渋い!渋すぎる!
買物カゴへ。
店員さんはおそらく私のことも知らないし、私が何を購入しようが興味はないはすなのに、
『この人こんな恋愛小説モン買ってキショっ!』という心の中の声が聞こえてきて、店員さんと目を合わすことすらできなかった。
『日本音楽大事典』をバンっとカウンターに置くことはできても、『夜は短し・・・』をそのように置くことはできなかった。表紙を下にしてカウンターに置くという、まるで相当卑猥な書籍を買うかの如く過剰な振る舞いをしてしまったのである。

 詳細

兎に角無事目的の書籍を購入し、家に着く。おもむろに頁を捲ってゆく。

■黒髪の乙女:天然キャラの女子大生。魅惑の大人世界に憧れて、夜の木屋街に繰り出すほどの好奇心の持ち主。他人には優しいが、とことんマイペース。底なしの酒量を誇る。「先輩」の想いには気づかず、待ち伏せはすべて奇遇だと思い込んでいる。得意技は、万能のおまじない「なむなむ!」と、姉から授かった「おともだちパンチ」。
■先輩(私):京都の某国立大学に通う、偏屈で妄想癖のある大学生。クラブの後輩「黒髪の乙女」にひそかに想いを寄せるが、思考ばかりが先走りがちで行動がともなわない。本人いわく「彼女という城の外堀を埋め続ける日々」。

HPより。

世界感は実際の京都が大きなベースとなっており、藤原カムイ氏の摩訶不思議な『福神町奇譚』を彷彿とさせる。主人公(先輩)と乙女と双方の視点から交互に描写される。実際の京都の地名・通名・店名などで綴られており、京大生ならではの京都感も滲み出ている。京都を知らない人でもまったく問題なく楽しめるが、京都修学旅行のみ経験者<京都出身者<京都市内の大学出身者<京大出身者の順で、主人公とのシンクロ率が上がっていく。

乙女はお酒を愛し、「偽電機ブラン」なるカクテルを追い、「おともだちパンチ」を放つ。古書を愛し、変な学園祭に巻き込まれる。
第一章が春の先斗町。主人公は乙女(京女か?)と乙女を追う大学生(京大生)。主人公以下、酒を飲み楽しい場面が続く・・私はここで生まれて初めてお酒を飲みながら本を読んでしまった。そうするとどうだろう!あたかも登場人物たちと同じ空間、即ち先斗町にてお酒を飲んでる錯覚に陥るではないかっ!
第二章が夏の糺の森(下鴨神社)での古本市。
第三章が秋の大学学園祭
第四章が冬で下宿で風邪
・・・と続くが、以下私の拙い解説では作品の品位を下げるだけなので、ぜひ購入して読んでいただきたい。

個人的に刺激的だったのは二章の古本市についてである。作者によると(登場人物に語らせているのではあるが)、「古本の神様」なるものが、この世には存在するらしい。以下私の解釈も混じりかつ記憶が曖昧なため正確な描写になっていないが・・・古本を有効活用していないと、知らないうちにその本が本棚から無くなっていることがある。場合によれば本棚全部の本がなくなることもあるという。その本は何処に。それは古本の神様が、古本屋や古本市の棚に、本当にその本を必要としている人のために絶妙のタイミングで忍ばせておくのだという。ついては古本がなくなってしまわないために、日々古本を活用し、神棚にはフルホンノカミを祀り、毎日祝詞を奏上し、古本の日には地域の崇敬者とともに、古本の神賑を執り行なわなければならない・・・大意はこのようであったと思う。

今日私は古本の神様に気に入られたようである。さらに新刊の神様の存在を認識した。『夜は短し・・・』は新刊で購入したからである(通常私は新刊で出ても古本検索をして古本で購入する。新刊で買うのは『GUNDAM ORIGIN』くらいである)。
そして、この御利益が明日に続くのである。

第一章から第四章までぶっ通しで読んでしまった。明日は新刊の神様のご機嫌を取るべくミナミのジュンク堂へ行くことにする。

1月1日 伊勢大神楽
■笛吹きの独り言■
大晦日20時出発。22時近江八幡到着。近江電鉄に乗って八日市へ。午前0時の伊勢大神楽講社・加藤菊太夫組の舞初を目指した。「献燈の曲」で使用される飾房の他、いくつか相談をいただいているので、その打ち合わせも兼ねて、Kさんと一緒である。伊勢大神楽講社の多くの組は近江の正月場から一年が始まる。兎に角凍て付く寒さである!この状態で笛と太鼓は当然平然と、放下や「魁曲」まで行なうのであるから、厳しい世界である。明日は早朝7時から、同神社で朝神楽を上げ、コソギ(回檀)を行なうとのこと。

市場町として発達した八日市には古い町並みが残る。アーケードの商店街であるが、左右共のどっしりとした大店が多い。


午前0時。野々宮神社で舞初。「鈴の舞」「四方の舞」「扇の舞」「水の曲」「神来舞」「魁曲」など、大がかりな総舞である。
先代、先々代?の時代から地域の人々の楽しみとなっており、菊太夫さんと地元の方々との信頼は深い。

「四方の舞」「扇の舞」


「水の曲」長水


「神来舞」 3頭の獅子が互いを追う。これが世に言う「追っかけ獅子」か。


「魁曲」一本立ち


「魁曲」アメノウズメノコマアソビ。終了後は頭を噛んでもらわねばならない。

終了後、社務所内にてお酒を呼ばれながら(というかほとんど強制である)、打ち合わせを詰める。その間、何度も「神来舞」の「ダシ」を哀愁いっぱいに吹いていただき、笛の音、獅子と地域の人々の信頼の深さを宮司さんと共に語っていただいた。
何か吹けと笛を二管渡され、さすがに神楽の曲を吹くわけにもいかず、「だんじりの笛」の二重奏を吹くことに。

午前2時半、神楽宿にも呼ばれ打ち合わせを進める。午前3時神楽宿を後にする。収穫の多い我々は、勢い余って朝まで飲むことにする。幸い、舞初の前に『〜朝5時』と書いている謎の店を見付けてある。やはり、その店は開いていた。近江電鉄の始発まであと1時間半。この「楽しみ」を身体に定着させ血とし肉とするために、仕上げの「酒」が必要である。

不眠不休のまま瀬田(大津市)に向かう。早朝7時からは、山本勘太夫組(この地では廣P文太を名乗る)の舞初。昨年はお世話になりっぱなしであり、八日市まで来ておきながら挨拶もせずに帰るわけにはいかない。二人とも意識がもうろうとしており、かなり危険な状態に。何とか瀬田の駅に到着すると、なんとっ!村田さんが迎えに来てくれているではないですか。ただし、車ではないので、30分かけて、3人で近江国一宮・建部大社に向かう。村田さんは今起きたばかり、新年を迎えた晴れ晴れしい笑顔である。その笑顔に答える元気もない・・・まあそれは良しとして。

 
歌川広重『近江八景』の内、「瀬田の夕照」にも描かれた「瀬田の唐橋」。俵藤太郎のムカデ退治でも有名。
風があるせいか八日市に輪を掛けて寒い。肌が痛いのである。村田さんがくれたキットカットを開けては食べ開けては食べ・・という応急処置で奇跡的に建部大社に到着。

山本勘太夫さんが到着し新年の挨拶。勘太夫さん達の笑顔と笛の音で、眠気疲れが一揆に回復。分かり易く言えば『ベホマズン』である。

本殿で神楽を上げ、コソギに向かう。数件付いていき、我々は大阪へ戻ることに。






(付記・野々宮神社には先代以前の加藤菊太夫が使用した獅子頭が、建部大社にもかつての廣瀬文太が使用した獅子頭が奉納されていた)

怒濤の年始となったが、中々好調な滑り出しである。


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